イメージを先行させて音を出す、のがとても有効であるということに何百回目かの気付き。
 つまり音楽ができる身体性を有していない―――手癖が音楽になるようになっていない、ということなんだけれども。本は買ってないけどたぶん無窮動トレーニング本なんかはそこらへんの問題意識なんだろうなーって気がしていて。こういう感覚を文筆に活かしていかないと本当に(文字通り)話にならないんだよなあという話でもある。某氏が「理に落ちる」って表現をよく遣っていたけれど、なんとなくその言わんとするところが体感できるようになってきた気がする昨今。