掃除や炊事を頑張るのは意味があって、生活に関わる行動のコストを削りすぎると本当に虚無に襲われて死んでしまう。かといって凝った料理を毎日作るのはまあ疲れる話で、常備菜を用意したり漬物を作ったり出汁をとるところから鍋を始めるくらいが身の丈に合っているように思う。
 昨晩、和歌の話から詩についての印象を語ろうとしたが、思った以上に(語れると思っていた部分の話すら)自分の中であやふやであると気付いた。こういうのはちょいちょい外に出さないと恣意的に欠陥の無視された虫食いの論理ばかりが脳に巣食うので、出していきたい。ピュピュッという感じで。