性的なものは対象を性的であると見做す文脈によって初めて性的なものとして扱われる、という感覚があって、たとえば(時にリアルなものとして言及される)ハイエース周りのアレなんかも既にしてそのような文脈と化しているように思える。物語を介して触れるもの。過激なようでいて、護られているもの。
 『魔性の潮』が本当にヤバかったのはそこで手掛かりとする文脈に現実の男性の無自覚な暴力性をそのまま持ってきていたところで、それは原理的に共同幻想として意識に上っては(都合が悪いので)ならなかった筈のもので、だからものすごくスキャンダラスで衝撃的だったんだけど、そこら辺は全オミットしたんだなーというのがその後のアレを見た限りの感想で。どちらかといえば魔性の潮にキレるのって男性の仕事だったよなーというのもあり、なんか色々と人間が信じられなくなる流れではあった。