戦闘において、一手ごと、一合ごとの動きを第三者が言葉でリアルタイムに記述することは甚だ困難である、はず。戦闘者が人外または人外じみた人間であれば尚更で、発話速度の上限を応酬のテンポが上回ってしまえば、もはや精確な記述などは不可能となる。にも関わらず、そのような―――一挙手一投足を全て言葉で実況されるような描写は、漫画や小説といった媒体に於いては広く用いられている。この状況は絵や文章といったテクストの内包する時間、その奇妙さを示唆するものであると共に、そのような奇妙さは通常、感覚的に問題にはされないことの証左だと言える。
 そのような、意識せずとも慣れきってしまったお約束を、土壇場でひっくり返した―――ジャックと刃牙との殴り合いを、「あまりにも苛烈であるがゆえに実況が追いつかない」ものと描写した―――ことにより、あの決勝戦、ただ一回の勝負にだけ、「リアルさ」を召喚してみせた板垣恵介の奇跡的な鋭さを、みんなもっと賞賛していくべきだと思う。異常な状況の反転で正常な様態を描出し、正常な異常を表現して見せるアクロバット